K.S. 君との出会いと別れ


 彼との出会いは、研修所再開第3期生として昭和60年9月4日に入所した時であった。

 その時以来、<自学自得の18カ月>にわたる、期間中、前・中・後期のスクーリングをはじめとする諸研修に熱心に取り組み、第一線のリーダーとしての知識、考え方行動力の養成と自己啓発に努めてきました。

▼社内報クラレタイムス 1986年3月号の<自学自得の18ケ月を追って>の記事に、60年12月5日:巡回指導 N工場 K.S.<通信教育は自己との戦いである。気持ちばかり先行、行動が伴わない、工場で半年振りに所長、講師の顔を拝見する。穏やかな笑顔の中にも厳しい励ましを見て、新たなファイトがわいてきた。>と書き残している。

▼研修生は高校の普通科・工業科・商業科の卒業生で、30歳前後の社員であった。彼は研修生第1~3期を通して、ただ一人の中学卒であった。

 研修教育は通信教育制であり、3回のスクーリングがあり、倉敷工場の研修所でその期間、基礎教育を指導、会社の寮に寝泊まりして、仲間との交流、講師たちとの親睦を行っていた。その期間以外では、工場で仕事しながら、研修所から送られた毎月の課題を勉強して、回答して、講師が添削して送り返す方法でした。

 私はこの方式では、本人、部署の上司、アドバイザーの三位一体であると当初は思っていました。

▼第一~第三期生の教育を通して気づいたことは、<四位一体>の教育だとおもいしらされました。

▼お父さんが仕事から帰って、疲れを押して勉強する姿をみて、<お父さんはがんばっているね>とか<お酒も飲まなくなったね><図書館に行くようになったね>のお話をききました。家族(子供たちを含めて)の協力が非常な助けになっているのをしりましたからです。

 研修生は<製造科><機械科><電気科><事務科>に分かれていまして。

K.S.君は終業時には高卒をのりこえて<製造科>の最優秀者に選ばれました。

▼研修所を修業しても、本人の努力によって、昇進を続けていた。また、毎年、自分の研鑽目標に技能検定を取得を掲げ、獲得していた。

▼家庭的にも恵まれていまして、ご主人として立派な家庭を作り上げていました。

 奥様のお言葉によると、<座右の銘として『生涯青春』という言葉が物語る通り、夫は常に明日を見据え自分の歩幅を確かめながら前へ進んでまいりました。仕事に一生懸命取り組み、好きなことに全力投球する中で、毎日が輝きをましていったのでしょう。何事も真摯に向き合い、冷静な判断力で家族を正しい方向へ導いてくれた夫は、皆の道しるべでした。

 春は山菜採り、夏は登山、秋は紅葉狩り、どんなに雪が積もっても冬には近所の山を歩き、巡る季節を過ごしてきた私達。夫は趣味を存分に楽しみ、常に自分らしく生きてきたからこそ、周囲の方々そして家族の思いを尊重していたのだと思います。>と。

▼N工場から倉敷工場へ出張の際は我が家に泊まり込んで、酒を酌み交わしながら話し合ったものでした。ときに庭の樹木の選定(庭師の技能を取得していた)をして中条へ帰ったものでした。

 (中略)

▼ところが、平成26年の賀状には<昨春血液の難病が判明し入院や自宅療養でしのいでいます。>と書かれていた。

 早速、お見舞いの電話をかけました病気が進行していて、声を聞くこともできず、奥様からおはなしを伺いました。

平成二十六年一月十八日に、享年六十五歳にて生涯をとじました。<後進畏るべきK.S.君>に哀悼の誠を捧げます。さようなら!!

 K.S.君が原稿用紙に書き残したもの

平成二十六年八月二十七日 


 共 育(きょういく)

 <後進畏えるべき>K.S.君が平成二十六年一月十八日、六十三歳で永眠しました。

 その後、奥様から2~3度、お手紙を頂戴していました。

 最近は二十七年八月十一日、いただきました。その中に私が掲載した<K.S.君との出会いと別れ>をお嬢さんにコピーしてもらわれました。

 <お母さん、読んだら泣いちゃうかもネ…>と言われまして、先生のお気持ちを大へん有難いと思いつつ、しばらく手にすることが出来ませんでした。

 研修所の入所式と終業式の写真をみておりますが、この時に頂きました優等賞のりっぱな置時計は、今は、主人の机の上にあり、時を刻んでいます。

 選抜された人だけが入所できて、その上、優等賞をいただけるなんて、<うちのお父さんは、すごいな。ここまでくるには、さまざまなハードルをクリアして、努力を続けてきたのでしょう……>と、思っていました。先生のホームページにより、研修所の教育システムなど当時思い及ばなかったことが少し理解できました。有難うございます。(中略)

▲その封書に次のように書いたコピーがありました。

 <自学自得>の中で、先生から頂いた言葉ですね。在職中、胸のポケットにいれていたようです。

 いま、ここで、我がしなくて

 いつ、どこで、誰がするのか

 人間は他との比較をやめて

 ひたすら自己の職務に専念すれば

 おのずからそこに一小天地が開けてくる

 苦しいこともあるだろう

 言いたいこともあるだろう

 腹の立つこともあるだろう

 ふ満なこともあるだろう

 泣きたいこともあるだろう

 それらをじっとがまんするのが

 男の修養である。

▲彼は職場で昇進し、上司に信頼され、部下からは尊敬されていた。

 また、大学卒でも難しい技能検定も計画的に取得されたそうです。

▲研修所時代、所長、研修生の枠を取り外し、人間として彼とは共に育つた<共 育>をしてきた仲間であると。

 K.S.君 ありがとう!!

平成二十七年八月二十二日

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