遠き落日

渡辺淳一『遠き落日(下)』
(角川文庫)昭和六十二年六月十日 第五版発行


   目次

 第一章 デンマーク
 第二章 ニューヨーク(1)
 第三章 ヨーロッパ
 第四章 帰 国
 第五章 ニューヨーク(2)
 第六章 黄 熱
 第七章 中南米
 第八章 ニューヨーク(3)
 第九章 アフリカ
 終 章 アクラに死す

あとがき

 解 説

 主要参考資料・取材等協力

  第一章 デンマーク P.5

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 コペンハーゲンは小さいが美しい街である。

 英世が訪れた明治三十六年(一九〇三)は、その国の世界的童話作家アンデルセンの死の三十年あとで、街には彼の存命当時そのままに、尖塔をいただいた教会やレンが造りの建物が緑のなかに静まりかえっていた。丘にたてば澄みきった空の下、海図を見るようにいくつもの岬が突き出て、まわりを白い波がとり囲んでいる。家は赤、青、白と、童話の国そのままに色とりどりの屋根が並び、家と家は花壇で結ばれている。

 「夢のようで、仕事が手につきません」

 コペンハーゲン到着後、守之助への第一報に英世はこのように書いている。

 この年十月、満二十六歳の野口英世はニューヨークを発ってデンマーク留学の途についた。

    

    

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