「100歳まで元気なアンチエイジング最新報告」


 白澤卓二(しらさわたくじ) 順天堂大学大学院教授の記事。『文芸春秋』2014.8月号による。
写真は白澤卓二氏の著作

  世界の医学研究者が発表した18の新発見で「老化」を遅らせよう

 「老化」と言っても人それぞれ。早くから老け込む方もいれば、八十~百歳近くまで健康的で、十歳くらい若く見える方もざらにいます。

 古くから不老不死は人間の見果てぬ夢ですが、ヒトも命ある生き物ですから、誰にも老化は避けられません。しかし科学の進歩によって老化を早めたり、遅れさせたりする食べ物や生活習慣があることがわかってきています。

 それを探求するのがアンチエイジングという学問です。日本はアンチエイジング・ブームですが、それは世界も同様。特に欧米では数多くの医学部や先進的な研究機関が「抗齢」の秘密に挑み、新しい知見が毎日のように報告されています。

 私がメディアで意見を求められたとき、心掛けているのは研究によって導かれたエビデンス(医学的な根拠)を元に発言することです。

 その」ため日頃から世界中で発表される医学論文に目を通し、日本人に紹介すべき最新知識を集めて来ました。今回は、最近目にとめた論文の中から「老化」の秘密の一端を解き明かす研究を紹介したいと思います。

食 生 活 編

精製食品はやる気を失わせる

 いま、欧米ではパレオ・ダイエットが人気を集めています。「パレオ」とは「Paleolithic」(旧石器時代)」、つまり旧石器時代の食生活から学ぶダイエットです。ニューヨークにはパレオ・ダイエットを供する専門店があり、私も行ってきました。店の入り口の看板には「ゲット・バック・トゥ・ヒューマン(人間に帰れ)」とあり、「産業が食物を駄目にする前の人間本来の食べ方に戻る時がきた」と書いてありました。現代人には欠かせない、白米、小麦粉、白砂糖……。「精製食品」は、まさに近代産業が作った食物ばかりです。

 今年二月、米国UCLAとカンザス大学の研究者が、精製食品がラットにもたらす影響を調べた研究を発表しました。三十二匹のメスのラットを二つのグループにわけて、ひとつのグループには一般的な餌(穀物の粉や魚粉など、加工度が低い材料からなる餌)を、もうひとつのグループには精製食品(精製された糖質の高い餌)を六カ月後、精製食品を食べたラットは体重が増加、さらに餌や水を得るために仕掛けがされていましたが、精製食品だけ食べていたラットはその作業能力が低下したり、作業の中断時間がもう一方のグループよりも二倍も長くなることが分かりました。

 六カ月の観察ののち、九日間にわたり餌を入れ替えて観察しましたが、精製食品を食べていたラットの体重が減ったり、作業能力が改善することはありませんでした。精製食品を食べていなかったラットは、急に体重が増加したり、作業能力が低下することもありませんでした。

 論文の最後には、「精製食品が肥満の原因となるのと同じくらい、行動や認知の障害を引き起こすのに重要な役割を果しているかもしれない」と書かれています。

 この研究が示唆しているのは、炭水化物の「質」が大切だということ。玄米、全粒粉など精製されていない炭水化物は人間の行動や認知にも良い影響をもたらす可能性が大きのです。

 精製食品は日本人に多い糖尿病にもよくありません。日本糖尿病学会はいまだに五〇%~六〇%の炭水化物摂取を推奨していますが、この数字はもともと米国糖尿病学会のものでした。そして米国では糖尿病学会がこの数字を推奨してから十五年で糖尿病患者が三倍にまで増えてしまいました。炭水化物は「量」にも「質」にも注意しなければなりません。

ナッツはがん、心臓病、腎臓病に効く

 旧石器時代から学べる食習慣はまだまだあります。それはナッツ。ナッツと言えば我々日本人に馴染みがあるのはピーナツですが、アーモンドやカシューナッツなどのツーリナッツ(木の実)も積極的に食べた方が良いことが分かっています。

 ナッツは、栄養素が豊富で、体によい脂肪酸が含まれています。特に私が注目しているのはオメガ3脂肪酸とフィトケミカルです。

 オメガ3脂肪酸は、くるみやアーモンドに豊富に豊富に含まれる良質な脂質。今、オメガ3脂肪酸は循環器系の病気を防ぐ効果があることで世界的に注目を集めている。

 フィトケミカルは、ビタミンやミネラル、食物繊維とはまた異なる栄養素の一つで代表例はポリフェノール。抗酸化力や免疫力を高めるのに有効であることがしられています。

 特にアーモンドに含まれる、フィトケミカルの一種、フィトステロ―ルは、血中のコレステロールを抑える働きをします。ナッツを多く食べている人に比べている人はほとんど食べない人に比べて、メタボリックシンドロームや肥満になりにくいことが、米大学の研究で分かっています。

 昨年十一月、「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン」に面白い論文が掲載されました。米ハーバード大学医学部のイン・バオ博士らがナッツの摂取量と病気による死亡率との関連を調査したところ、週に七回以上ナッツを食べる人の死亡率はナッツを食べない人に比べ、約二〇%も低下することが分かったというのです。病気別の死亡リスクを見ても、ナッツを五回以上食べる人は、ナッツを食べない人に比べ、がんでは一一%、心臓病で二九%、糖尿病は一六%、腎臓病では三九%も低下することが分かりました。

 健康にも、ダイエットにも効果的なナッツですが、食べるなら間食で。無塩でかつ生食か、軽く炒ったものがおすすめです。炒り過ぎると、タンパク質やカルシウㇺ、鉄などの栄養分が減少してしまいます。

チョコレートで若々しい血管に

 チョコレートは甘味が強いので健康によくないと思われがちですが、フラボノイドを添加した機能性チョコレートは動脈硬化を防ぐことで知られています。

 ところが、オランダ・ワーへニンへン大学が中心となって昨年(2013)末に発表した論文によると、一般的なダークチョコレートと、フラボノイドを添加した機能性チョコレートを太った男性に食べてもらい実験したところ、どちらも差がなく「血管の機能を改善するだけでなく、動脈硬化の原因となる血管壁への白血球の付着を抑える」ことがわかりました。「フラボノイドを添加したものは味が落ち、食欲を減退させる」ので、普通のダークチョコレートを食べればいいのです。

 ダークチョコレートはビターチョコレートとも言われます。カカオマスの含有量が七〇%くらいのものが、美味しく食べられ、十分な効果が期待できます。老いない血管を手に入れるためには、チョコレートを選択する時代なのです。

「リンゴは医者要らず」は本当だった

 私は毎朝、野菜ジュースを飲んでいますが、特におすすめしているのがリンゴを使ったジュースです。

 皮の直下のポリフェノールの主成分は、日本茶よりも抗酸化力の強い「プロシアニジン」です。プロシアニジンは脂肪の蓄積を抑制し、がん細胞を自死させる働きがあることが分かっています。絞り汁になってしまうジューサーではなく、植物繊維をたっぷり取れるように、皮ごと、ミキサーにかける。「サビない身体」を作るのにはリンゴはもってこいなのです。

 私の知己である、千葉大学大学院医学研究院先進加齢医学の清水孝彦准教授は、リンゴに活性酸素を制御する能力があることを突き止めました。活性酸素は、ミトコンドリアが酸素を燃やす時に出るもので、老化やがんの促進に深く関係していると言われています。

 清水准教授はまず、活性酸素を解毒するスーパー・オキシド・ディスミュターゼ(以下=SOD)という酵素を用いて、マウスの心臓でSODを遺伝的に不活性化させる実験を行いました。その結果、マウスの寿命は平均五~六カ月に短縮、心筋細胞が急速に老化しました。このマウスに、リンゴから抽出したポリフェノールを餌に混ぜて与えたところ、雄のマウスでは寿命が二九%、雌のマウスでは七二%も伸びたのです。しかも心筋細胞の老化は押さえられ、心臓は若々しい状態に保たれていました。

 英国の十九世紀の格言に「一日一個のリンゴは医者要らず」があります。昨年オックスフォード大学の研究者がコレステロール阻害薬スタチンとリンゴの効果を比較する研究を行いました。一年間に血管に関する病気で亡くなる人の減少数は、スタチンを毎日飲んでいる人が九千四百人に対して、リンゴを毎日食べている人は八千五百人。リンゴは格言を裏切らない効果を証明したのです。

 An apple a day keeps the doctor away.

ギリシャコーヒーは血管を元気にする

 ポリフェノールと言えば赤ワイン。でも同じように若さを保つのに効果的なのがコーヒーです。

 コーヒーの中でも炒ったコーヒー豆を細かく粉末状にして、鍋で水から煮出すギリシャコーヒーはは、ポリフェノールが高いことが分かっています。沸騰する直前で火かえあ下し、粉末は濾さず、泡立った状態で飲む。ギリシャコーヒーは輸入食糧品店出も売っています。

 アテネ大学医学部の研究チームは、このギリシャコーヒーが良く飲まれている、エーゲ海に泛ぶ「長寿の島」イカリア島に注目しました。欧州では九十歳以上の人は全人口の0.1%に過ぎませんが、イカリア島はその十倍の一%。しかも、九十歳を超えても健康度が高い。「老化を遅らせる島」といっても過言ではありません。

 そこで、研究チームはイカリア島民のコーヒーの摂取量と血管のアンチエイジングとの関連性を調べました。六十六歳以上の百四十二人を対象に、ギリシャコーヒーの摂取習慣、健康状態が調べられ、血管機能についても検査が行われました。

 毎日ギリシャコーヒーを飲んでいる人は八七%。この人たちを毎日二百ミリリットル未満のグループ、二百から四百五十ミリリットル呑んでいるグループ、四百五十ミリリットルより多く飲んでいるグループの三つに分けたところ、消費量が多いほど、血管の内皮機能が良好だったのです。さらに「主にとしています。ギリシャコーヒーを飲んでいる人は、他の種類のコーヒーを飲んでいる人に比べて、明らかに血管拡張反応が見られた」としています。

 ただ、五十五歳未満の場合、コーヒーを飲みすぎるのには注意も必要です。米国の有名なメイヨークリニックの会報に掲載された研究によると、一週間に二十八杯以上のコーヒーを飲む五十五未満の男性は、コーヒーを飲まない人に比べて死亡率が五六%、同じく女性は死亡率が上昇しているとというのです。この研究では五十五歳以上ではコーヒーの摂取による死亡率の増加は見られませんでした。飲み方、年齢に注意して適切な量を飲みましょう。 

よく噛めば、体重を減らせる 

 年を重ねても、出来るだけ自前の歯でよく噛む人は認知機能が保たれ、自立した生活を送っていることが分かっています。

 百一歳で亡くなったスキーヤーの三浦敬三さんは総義歯ではありましたが、ひとくち六十回も噛んでいたそうです。福岡の知的障碍児施設しいのみ学園の昇地三郎さんも、母親の「一口三十回噛みなさい」という教えを守って百七歳で大往生しました。母の教えを守り兄弟も皆長命だったとか。自分の歯で食べ物を砕くと、歯茎に刺激が与えられ、脳が刺激されます。また、噛むことによって出てくる唾液には老化防止に働く成長ホルモン「パロチン」も含まれることが分かっています。

 そして噛むことによって肥満を防ぐというデータもあります。二〇一三年に米国の「栄養・食事療法学会誌」に掲載されたアイオワ州に在住する十八~四十五歳の男女四十五人を対象に行われた実験を見てみなしょう。

 普段の咀嚼回数を一としたときに、一倍、一・五倍、二倍の組に分け、咀嚼回数の増加が昼食(ピザ)六十分間の食欲にどのような影響をもたらすかを調べました。

 その結果、咀嚼回数を変えなかった組と比べ、咀嚼回数を一・五倍にした場合は九・五%(七十キロカロリー)、二倍の場合は一四・八%(百十二キロカロリー)ピザの摂取量が少なくなった。しかし、食後の食欲は咀嚼回数によって変化はなかった。結論として「飲み込む前に噛む回数を増やすことは、食事を減らすのに役立つ方法であるばかりでなく、体重管理にも役立つだろう」としています。よく噛み、食事のひとときをゆったりと過ごすことが若々しいスリムな体を作るのです。

メ ン タ ル 編

やる気のあるなしは脳の健康次第 

 高齢者の四人に一人が認知症とその予備軍と言われる今日、脳の若さとは「ボケない」ことだと考える人が多いでしょう。しかし加齢とともに脳が委縮した結果、興味や感情の欠如、活動力や関心の低下、家にいることを好むなど、精神的な傾向が出ることが最近の研究で明らかになってきました。

 これらは「アパシー(apathy)」と呼ばれています。これまで興味や関心の欠如などは「心の問題」と捉えられてきました。しかし、オランダ・ユレヒト大学医療センターと米国立加齢研究所、アイスランド大学が今年「米国神経学会」に発表した国際共同研究によれば、認知症ではない高齢者のアパシー症候と脳の萎縮に関連性がある━━つまりアパシー症候があるならば、「抑うつ症状のあるなしにかかわらず、脳の灰白質と白質の容積が減少している」ことを示したのです。

 調査では、認知症ではない四三五四人(平均七十六歳)の脳をMRIでスキャンし、アンケートでアパシー症候の有無を調べています。その結果、アパシーの症候が二つ以上ある人は、脳の灰白質容積が一・四%、白質容積が一・六%、症候が二つ未満の人に比べて脳が委縮していること明らかになりました。

 さらにアパシー症候が見られる人は、アパシー症候のない人に比べ、前頭葉をはじめとして脳に動脈硬化病変が八%も多く見られました。五十歳を過ぎてMRIを撮ると、白質にボツボツと点が写ります。それが動脈硬化病変で「隠れ梗塞」とも言われるものです。

 脳の若さを保つことは、日々の生活の「やる気」を生み出す原動力になっているのです。

高齢者の行動範囲は自主性も大事 

 年を重ねると、行動範囲が気づかぬうちに狭まっているものです。

 フインランドのユヴァスキュラ大学老年科学研究センターの研究グループは、行動範囲の広さを決定づけるのは「身体機能」と「自主性」だと発表しました(「米老人医学会誌」二〇一四年)、高齢者の「行動範囲」は一部屋分であったり、庭先まで、最寄りの駅、街、さらに街の外にまでと人それぞれですが、これまで高利者の行動範囲については、身体的機能ばかりが注目され、精神的な面が着目されることはあまりありませんでした。

 自主性とは「出かける時にどこへ、いつ、そしていかにして行くかを決めるに当たって、人が十分に自分で決められていると感じられている時」感じる状態のことです。行動範囲を広げるにはこの自主性がとても大切で、「身体的なパフォーマンスは『自主性』を通して、間接的にも行動範囲に影響を与える」としています。そして「その関連性は男性よりも女性、そして年を重ねるほど強くなる」と結論付けています。

 私が医師としてよく遭遇するのが、尿失禁で出かけられなくなったと訴える女性です。女性は骨盤底筋群が弱くなるので尿失禁で悩む人は多い。それ自体が外出できない理由ではありませんが、精神的におっくうになり行動範囲を狭めてしまう。私は街に出られなくなった時が老化の一つの兆候だと思っています。

 ですから尿失禁のような、自主性に影響を及ぼす「身体的制限因子」をできるだけ除去することが重要になってくる。尿失禁は五十~六十代でなる人が多いですが、早い段階でトレーニングをしておけば、「介護の入口」からはは遠ざかります。

 私は介護予防のトレーニング現場で、尿失禁予防を楽しくできる運動として日本舞踊を薦めています。日本舞踊の姿勢の中には、骨盤底筋の訓練に必要な「腰を落とす」姿勢があるからです。

恋のときめきがボケに効く

 脳神経の機能回復を促し、老化を防止する作用を持ったタンパク質「神経成長因子」。特に、神経細胞の樹状突起の機能低下を防ぎ、進展させることで神経回路を形成する働きが、近年アルツハイマー病や認知症の予防、治療に有効であると注目されています。

 二〇〇五年イタリアのバヴィア大學精神科の研究チームは、「恋愛にかんして神経性物の知識は現在も乏しいままだ」という問題意識から研究に取り組み、血中の「神経成長因子」が恋のときめきによって増加することを突き止めました。

 研究では、被験者を三つのグループに分けました。一つは、最近恋に落ちたグループ、二つ目が恋人がいないグループ、三つ目は長く交際している恋人がいるグループです。すると、最近恋に落ちたグループは、恋人がいないグループに比べて約一・五倍、長く交際しているグループに比べ約一・八倍も血中神経成長因子の濃度の上昇が認められたのです。

 そして調査から一~二年後、当初のときめきを失っている三十九人の被験者の神経成長因子の濃度は、恋人がいないグループや長く交際しているグループと比べ減少しているか、たいして変わらないことがわかりました。つまり、効果は長くは続きませんが、それでも恋のときめきは「ボケ予防」に有効である可能性があるのです。

長寿性格米国の最新報告

 近年、遺伝子の研究は目覚ましく、現在長寿に関係すると見られる遺伝子は三十種類以上発見されています。

 しかし遺伝子まで調べなくても、長生きする性格があることは昔から指摘されており、医学的なアプローチから探り出そうとする試みもあります。

 アメリカのイェシーバー大学などの研究者は、百寿者に「前向きな性格」と、「感情を素直に表現する傾向」が共通していると論文を発表しました。この研究は、遺伝学的に均質的な傾向を持つ東欧系ユダヤ人のうち九十五歳から百七歳の二百四十三人を研究対象に、性格特性を分析しました。すると長寿者の多くが「楽観的、のんき、良く笑う性格」だという傾向が明らかになったのです。「感情を押し殺さず、素直に表現する」傾向も分かりました。更に一般的なアメリカ成人よりも神経質な傾向も低く、誠実な性格を持っていました。長生きができる性格は、日々の生活を楽しめる性格だったのですね。

うつ病防止にインターネット>

 アメリカでは、中高年のうつ病が深刻な問題となっています。その数は五百万から一千万にのぼり、リタイア後の五十歳以上の人口の約八%を占めると言われています。そのパーセンテージは更に高い可能性もありまり、一生のうちになんと約二〇%がうつ病の診断されたという研究もある(米国立精神衛生研究所二〇〇九年の研究)。

 ミシガン州立大学のシェリア・コットン教授らの研究チームは、リタイアした五十歳以上のアメリカ人を対象にした「健康とリタイア生活の調査」を分析しました。二〇〇二年から二〇〇八年までのデータを使い、「リタイア後の働いていない」を調査したところ、インターネットを利用していると、うつ病となる可能性を三三%減らせることが明らかになりました。またインターネット利用は、「孤独や寂しさをやわらげる効果」があり、「家族がいる場合は、効果が弱まる」こともわかりました。

 インターネットは孤独な高齢者の家族のようなのかもしれません。

こたつは色々な意味で良くない

 私は五年前から長野県飯山市の飯山赤十字病院で、「糖尿病・メタボ外来」をたんtこうしん担当ています。そこで飯山市の糖尿病・患者を見ていると、季節の変化が患者の容態に影響を及ぼしていることに気付きました。秋になると患者の血糖値が上がり、体重が増加するなど糖尿病のコントロールが悪化し、春先になる徐々に改善していく、といった具合です。

 実は、それは「こたつ」を出す時期が関係していました。こたつは、ぬくぬくと心地よく、運動する機会を減らしてしまいます。さらには間食のせんべい。おせち料理、鍋、スナック菓子などカロンリーの高い食品がテーブルに並ぶ。非常に非健康的です。

 英国バース大学の研究チームが二〇一三年に発表した論文によると、健康な若い男性を運動しないグループと、一日四十五分の有酸素運動するグループに分け、ともに過剰なカロリーを与えたところ、運動しないグループではインスリンの効きが悪化し食後血糖値が上がったのに対し、運動したグループではインスリンの効きや血糖値は保たれていました。結論として「運動をしていれば、短期間の過食があっても悪影響はない」としています。

 私は飯山市では年末年始にこたつを出すのを止め、代わりにバランスボールに座ってもらうようにしました。行動範囲を狭めるものを排除することで、糖尿病のコントロールに大いに役立ちました。

有酸素運動は認知機能を高める

 昨年の『レジャー白書』によれば、いま日本のランニング人口は二千四百五十万人と言われています。有酸素運動はダイエット効果だけでなく、加齢による脳の機能や心肺機能の低下を改善する効果があります。

 テキサス大学のサンドラ・チャップマン博士らは二〇一三年、座つている時間の長い生活を過ごしている五十七~七十五歳の成人を対象に有機酸素運動が与える脳や認知、心肺機能への影響を調べました。有酸素運動をするグループとしないグループに無作為に分け、運動するグループは、エアロバイクやトレッドミルを用いて週三回一回一時間の運動を十二週間にわたって継続し、参加者の認知機能、安静時脳血流量、心肺機能を試験前及び開始直後、六週間後、十二週間後に計測しました。

 その結果、運動を行ったグループは脳海馬体への決流量が増加し、記憶力が改善されました。そして、ほとんど例外なく、すべての被験者にとって有酸素運動が記憶力向上に役立つことが分かったのです。

 運動は遺伝子にも効く、私は以前テレビ番組で「AMPK」という長寿遺伝子が運動によって活性化することを紹介しました。「AMPK」は運動したりカロリー制限したりすると活性化するメカニズムを持っています。ランニングによって細胞内のエネルギーが欠乏することで活性化され、長寿遺伝子のスイッチをONにすることができるのです。

運動が出来なくても日常生活を活発にしよう

 有酸素運動は大事だとわかっていても高齢者の方にとっては、身体機能の衰えからなかなか運動が出来ないことも多いでしょう。そんな方でも取り組める「老化予防法」があります。

 実は、激しい運動でなくても、日曜大工、ガーデニングなど日常で普段何気なくしている活動であっても、それが活発であれば、若々しい心臓血管を保ち、長寿につながることが分かっています。

 スウェーデンのカロリンスカ大学医学部のエリン・エクブロ?=バク博士らは六十歳の男女四千二百三十二人の日常的な活動および運動習慣と、心疾患と死亡率の関係を十二年半にわたり調査をしました。

 日常生活が活発だったグループは、運動しているいないにかかわらず、活動量の少ない人に比べて、男女ともに復囲や動脈硬化を予防すると言われるHDLコレステロール、そして中性脂肪の数値が好ましい結果が出ました。メタボリックシンドロームの発症率も減少していました。また、男性は糖尿病との因果関係が指摘されているインスリン、血糖値、そして感染症や心筋梗塞の疑いがあるときに増加するフィブリノゲンの数値が明らかに低かった。更に活動量の多いグループは、少ないグループと比べ、心疾患が約二七%、総死亡率も約三〇%低かったのです。

 運動ができない方は、まずは日常生活での活動を増やすことが若さを保つ秘訣だったようです。

加速度計を利用しよう

 私は自分がどれくらい日々カロリーを消費しているか調べるために、加速度計を使っています。万歩計のように歩数を数えるのではなく、座っていた時間、ウォキングやランニング、家事や掃除をした時間を解析できる優れもの。プレスレットのように手首に巻きつけて、普段通りの生活をするだけで、日々どれくらいカロリーを消費しているかチェックします。

 加速度計があれば、日常生活の活動量を客観的に見直し、生活習慣を変えることも可能です。

 高齢者は座りがちな生活をしているものですが、どのような行動パターンをしているかを調査したデータはほとんどありませんでした。例えば、「長時間一ヵ所に座っているのか、あるいは短時間いろんなところに座るのか」というデータもなかったのです。

 米ハーバード公衆衛生大学院のエリック・シロマ氏らは、約十五時間加速度計を装着した七千二百四十七人の高齢女性を調査しました。すると、その半分以上にあたる人が平均九・七時間を座って過ごしていることが分かりました。座っている時間の長さには年齢や肥満度の高さに比例し、座る頻度と立ち上がる回数も減っています。 約二七%、総死亡率も約三〇%低かったのです。  さらに、高齢者が一カ所に座っている時間は三十分以下と意外に短時間であることが多いことも明らかになりました。加速度計を見てカロリーを消費していない日があれば、今日は庭いじりでもしようかな、と思うこともできる。普段気づかぬ自分の行動を振り返るきっかけに、加速度計は大いに役にたつことでしょう。

サルコペニアを知っていますか

 介護が要らない身体になるために何が必要でしょうか。私が介護の現場を訪れた時に感じるのは、筋肉量が少ない人の予後が悪いこと。筋肉量が減少すると、人に起こしてもらうのも難しくなってしまいます。

 筋肉量を見る目安には血液中のタンパク質、アルブミンがあります。これまで、加齢による筋力低下はごく自然なものと受け止められ、サルコペニア(筋肉減少症)を診断する基準がありませんでした。しかしサルコペニアが進むと、重力から体を支える広背筋、腹筋、膝伸筋群などが衰えるため、体を動かすことが億劫になってしまい、老化をさらに進行させてしまいます。

 今年五月そのサルコペニアに、新たな診断基準を提案したのが米国立衛生研究財団バイオマーカーコンソーシアムのサルコペニア・プロジェクトです。

 実験に用いたのは、骨密度を計測するDEXAという装置。DEXAは筋量を測る装置として利用されています。プロジェクトでは、平均年齢七十五歳前後の男女二万六千人以上のデータを収集、解析し、握力は男性で二十六キログラム未満、女性で十六キログラム未満、手足の筋肉量を新潮、体重で補正したALM-BMI比が男性は〇・七九未満、女性は〇・五一二未満だとサルコペニアだとする診断基準を提案しました。

 筋量の低下は五十歳頃から起ります。でも自覚症状があるのはその約二十年後の七十歳くらい。装置で計測すると着実に筋量が減少していることがわかります。筋力を衰えさせないためには日々の運動は欠かせないのです。

寝不足で老化が加速する

 今年、厚生労働省は十一年ぶりに、「健康づくりのための睡眠指針」を見直しました。それによると、十代前半までは八時間以上、二十五歳で約七時間、四十五歳では六時間半、六十五歳ではでは六時間と、「健康で病気のない人では20年ごとに30分ぐらいの割合で減少していく」と指摘しています。

 睡眠時間が短くなれば、女性の場合は虚血性心疾患で亡くなるリスクが高くなる。逆に、睡眠時間が長くなると脳卒中で死亡するリスクが上昇します。そして睡眠時間が短かったり長かったりする人は死亡のリスクが高まるとうデータも、約十万人を対象とした大規模なコホート研究で明らかになりました。

 「睡眠指針」では更に六十五歳前後の世代は無理に眠ろうとし、寝付くまでの時間が伸びてしまうと、かえって熟眠感が得られない可能性があることを指摘、この年代は睡眠時間にこだわりすぎるよりは質を大事にした方が」いいとされています。 

 また、二十五歳・四十五歳前後の世代は疲労を回復し、仕事の能率を高めるために、毎日十分な睡眠を取ることが薦められています。

 ただ、この年代は働き盛りでもあり、実際には毎日十分な睡眠をとるのはなかなか難しいでしょう。週末に「寝だめ」する人も多いのではないでしょうか。しかし「寝だめは無理」という人もいます。週末の「寝だめ」の有効性について、米国ペンシルベニア州立大学のスロボダンカ・ぺジョヴィック氏らの研究チームが興味深い論文を発表しています。

 実験では平均年齢が約二十五歳の三十人の男女に、四日間の八時間睡眠の後、六日連続の六時間睡眠、三日間の十時間睡眠の計十三日を過ごしてもらい、被験者の脳波を観察しました。また、健康状態の評価には、インターロイキン6(炎症マーカー)とコルチゾール(ストレス時に分泌されるホルモン)の数値を測定。さらに行動の変化の評価には、注意力を測る簡単なパフォマンステストを行いました。

 結果、被験者の眠気は、寝不足状態が続いた十日後には大幅に増加しましたが、寝だめのあとには正常時の状態に戻りました。しかし康状態の評価には、インターロイキン6(炎症マーカー)とコルチゾール(ストレス時に分泌されるホルモン)の数値を測定。さらに行動の変化の評価には、注意力を測る簡単なパフォマンステストの結果は、「寝不足時に明らかに悪化し、二日間の寝だめを経ても改善しなかった」。これを日常生活に置き換えると、寝不足によって一度低下した仕事の能率は三日間の「寝だめ」をしてももとに戻らないということになります。

 この研究では睡眠不足時にはインターロイキン6が増加し、寝だめ後には正常の数値に戻っていました。しかし、一度起きた炎症が回復するわけではありません。例えば、動脈硬化病変が進行している人の場合、インターロイキン6の分泌量が下がっても、炎症によって進展した病理変化は戻らない。寝不足は老化を加速させるのです。

日光浴で紫外線を浴びよう

 私はビタミンD作りのために、グアム島に定期的に行って日焼けしています。冬は三十分くらい大学の周りを歩いて日光を浴びる。ビタミンDは、日を浴びると体内で作られるからです。

 紫外線を浴びると皮膚がんになるリスクが上がると言われて来ました。これは、オーストラリアの論文を契機に、日本中で知られるようになりました、また、女性にとって日焼けはシミが出来る原因となるので「紫外線は敵」と警戒するのはわかります。しかし、私は過剰に紫外線を避けている現状はむしろ不健康だと考えてます。

 それはなぜか。陽を浴びることが、いくつかの健康によい効果があることが分かってきたからです。

 英国サンサンプトン大学医学部のマ―チン・フェーリッシュ教授の研究(二〇一四年)では、紫外線(UVA)照射により、皮膚に蓄えられていた一酸化窒素が決駅中に拡散することで血圧が下がるというメカニズムがあると指摘しています。論文では、「今回の研究データを見ると、一酸化窒素を調節する皮膚の機能の重要性がわかる。高血圧や心疾患が住む地域や季節によって変わることも説明できるかもしれない」とまとめています。

 心筋梗塞や心不全、不整脈といった循環器疾患は、日本人の死因の上位で、これらの病気は高血圧が原因の一つとされています。高血圧は季節変動と関係があり、冬季に上がりやすく、循環器疾患が原因と言われています。日本人は皮膚がんで亡くなるよりも、循環器疾患で亡くなる人の方が圧倒的に多いわけですから、もっと日光を浴びたほうがいいと私は考えています。

 さらに米国ウェイクフォレスト大学医学部の研究者の論文によると、ビタミンD不足が認知機能の悪化と関連性があるというのです。今後さらに研究が進めば、ビタミンDの補充によって認知機能の悪化を抑えることができるかが明らかになるでしょう。

 実は、この研究の主要なデータとなった、ビタミンDの血中濃度検査はは日本では保険適用以外のため自己負担。そのせいもあって日本では、ほとんどビタミンD欠乏症の存在は明らかになっていません。アメリカでは、国民の約五十%がビタミンD欠乏症というデータもあり、日本でも多くの人がビタミンD欠乏症ではないかと私は見ています。それほどビタミンD欠乏症とは身近な症状なのです。

 世界中で発表される最新論文を追っていくと、時には「今日の健康の常識」をくつがえすような新しいエビデンスに出くわすこともあります。そういった新しい知見との出会いは、アンチエイジングを極めようとする私の喜びもあるのです。

平成二十九年二月六日


(天声人語)アンチエイジングの未来 2017年8月22日05時00分

 「アンチエイジングという言葉はもう使わない」。米国の女性誌編集長が最近、そう宣言した。老化に抗(あらが)うことを意味し、美容の世界をはじめ広く用いられている言葉である。年齢を重ねるのを否定的に捉えすぎてしまうと問題提起した。

 美しさは若者だけのものではないと編集長は書く。「人々は『彼女は年のわりには きれいに見える』などと言いがちだ。そうではなく『彼女はすてきだ』と言ってみてはどうだろう」。そんな呼びかけにうなずく。

 加齢を自然に受け入れるというと、穏やかな響きがある。しかし、そんな価値観も、もしかしたら医療技術の進歩に揺さぶられるかもしれない。最先端の動きを追うヘロルド著『超人類の時代へ』を開き、考え込んでしまった。

 刻々と進む研究が最終的にめざすのは、「抗・老化」を通り越して「脱・老化」である。コンピューターを内蔵した粒子を血液に送り込み、老いた細胞や病気の細胞を修復する。装置を脳に埋め込み、記憶力を増強する。

 そんな技術が実現した未来の姿として、250歳の男性が描かれる。外見は30代にしか見えず、頭脳も明晰(めいせき)で死の心配もない。しかし、彼の妻は自然な老いを受け入れた。遠い昔に死別した彼女への思いが募る――。想像すると、幸せな人生とは何かが分からなくなる。

 どこまでが人間らしく、どこからがそうでないのか。線引きはますます難しくなっていくのかもしれない。技術の進歩に合わせ価値観を鍛え続けることはできるだろうか。

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