河村喜一部長「今の君は以前と変わらないのか?」

改 訂 版 2022.12.09 改訂


 クラレ岡山工場に勤務していた時、時の河村喜一部長とのやりとり

▼部長が、私の職場であつた部署に来られて、技術の話をしているとき、

 「黒崎君、熱水中でビニロン繊維に羊毛のようなカールをつけてみないかと言われた」

 「部長! それは以前に実験しました。出来ませんでした」

 そう答えると、

 「今の君は以前と変わらないのか?」と。

 この言葉の重みは私の心に深くしみこんだ。

 そこで、「工夫して改めてやつてみますと申し上げた」。

▼熱水の温度・繊維の塊をほぐしての実験を注意深く行いました。結果は同じ、部長の期待されるものはできなかった。

 以上の経過を報告すると、部長も理解してくださった。

 思うに、部長はレイヨンの生産に従事してこられた。レイヨンステープルは、その生産工程の 「紡糸」で糸の両側面での歪が異なっているので、そのままお湯の中にいれるとカールができたのである。このことから推定された思われる。この事実は、当時京都大学の掘尾教授が報告を出されている。

▼ひと回りしても、進歩しないで元の位置に返る円運動の人がいる。絶えず識見を磨いて高い位置に登っている螺旋運動している者もいる。私は、後者になりたいものだと……。

余談:部長のお考えを実験という事実で証明したことから、技術者として認めていただいたのか、その後、信頼して下さり、ご指導をいただきました。大阪本社に出張ではお供をして、帰りには新幹線でビールを飲み、岡山に着くと、部長の行きつけの飲み屋につれて行かれました。

 終身までご高配いただきました。写真は年賀状

※関連:昭和四十一年:研究所へ転勤


 土光敏夫の最も好きな言葉は、中国の古典『大学』伝二章にある<苟日新、日日新、又日新(まことに日に新たに、日々に新たに、また日に新たなり)というものである。

 これは、中国・商(殷)時代の湯王が言い出した言葉で、「今日なら今日という日は、天地開闢(かいびゃく)以来はじめて訪れた日である。それも貧乏人にも王様にも、みな平等にやってくる。そんな大事な一日だから、もっとも有意義に過ごなさければならない。そのためには、今日の行いは昨日より新しくよくなり、明日の行いは今日よりもさらに新しくよくなるように修養に心がけるべきである」という意味。

 湯王は、これを顔を洗う盤に彫り付け、毎朝、自戒したという。

※参考:監修 吉川幸次郎 中国古典選6『大学・中庸 上』島田虔次 (朝日新聞社)P.83


松下幸之助さんが事業を始めて間もなくの頃、自分が特許をとったある製品の工場を訪ねました。工場の主任は突然の来訪に驚き、工場内を案内しながら、「さすが親父さんですね。親父さんが考えはった、そのまま、今も造っております」と説明しました。それは、松下さんを喜ばせようという思いからの発言だったのかもしれません。

 ところがそのひと言を聞くや、松下さんは突然顔色を変え、主任を厳しく叱責したというのです。

 「あんたは、なにをやっとるや。それで主任か。いつまで、わしが考え造ったものと同じものを造っとるんや。あんたの工夫はどこにあるんや。この製品の、どこにあんたがあるんや」と。

 松下さんの側近としられる実業家の江口克彦さんは「日に新たに」という言葉について、上のようなエピソードを記しています。(『東洋経済オンライン』二〇一五年一月号)

 「今の君は以前と変わらないのか?」、土光さんの最も好きな言葉、松下さんが主任を叱責した言葉はいずれも同じ主旨の叱責であるというよりもわれわれがひごろ努めなければならない実践項目であろう。

2020.01.09.記

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